幕末の仙台に生涯に一千余もの回文を作り、人を喜ばせて楽しむという「廻文師・仙代庵」(1796〜1869)がいました。その名は当時、江戸まで馳せていたということです。「みな草の 名は百(はく)としれ薬りなり すくれしとくは花のさくなみ」という回文は作並の美しさを詠んだ氏の代表作です。また、仙代庵は作並温泉開湯の年に生まれました。
そこで、作並と緑の深い仙代庵の偉業を顕彰するとともに、日本に古くから伝わることば遊び文化の発展を図ることを目的に“作並温泉”を“回文の里”とし、多くの人々に回文を親しんでいただき、興隆を図ろうとしているものです。
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